もこむちゃんのチラシの裏

いつまでもかわいく居たい、抗いの日々

【映画】かつて思春期に自傷行為をしていた話【ミッドナイトスワン】

どうも、もこむちゃんです(*・ω・)ノ

 

めちゃくちゃ遅いですが、ミッドナイトスワンを見た感想(という名の自分語り)をつづりたいと思います。

いろんなところでめちゃくちゃ評価されている作品なのですが、作品をどう評価するかは個人の自由であると思います。私はこの作品において、一果ちゃんとりんちゃんが一番印象的で、そしてよかったと思いました。抜群にうまかったし、好きだった。

 

 

 

映画をみて、何が印象的だったかと聞かれていろんな人がいろいろなシーンを上げると思いますが、私は一果ちゃんが自分の思いをうまく処理できず腕にかみつくという自傷行為のシーンがとても印象的でした。なぜなら、思春期、地元に住んでいた私もどうしようもない状況に心のコップの水があふれそうになると自分の太ももをボコボコに殴って内出血を起こしたりうまく歩けなくなったりした経験があるからです。血が出るまで腕をかんだこともあります。

自傷行為というとリストカットを想像する人が多いかもしれません。

当時の私はリストカットのように「人に見える場所」を傷つけることによって、自分の痛みやあふれそうな心のコップを気づかれるのが嫌だった。誰かを傷つけたり、何かを壊すのも嫌だった。

よく、映画やドラマではどうしようもない怒りの感情を扉を激しく壊れるほどの勢いで絞めたり、モノを壊したりして表現することがあります。

でもそうやって怒りやどうしようもない感情を外に発散できる人もいればそうじゃない人間もいる。特に学生時代の私なんてちょっと我が強いが、物分かりのいい長女だったので、親にはいい顔をしている裏で、学校でいじめらていたり、やりたいことがあるのにできない環境にもやもやむしゃくしゃして、ほぼ毎日心のコップがあふれそうでした。

苦しくて苦しくてコップごと壊そうと思ったときもありました。この世界から消えていなくなればこんなに苦しむことなんてないと思っていました。

そんなとき、自分を痛めつけることでコップを揺らしてわざとこぼしてしまう、そうしたらまたほんの少し耐えることができていました。

ミッドナイトスワンを見ながら、一果ちゃんがぎゅーっと腕を噛んでいる姿を見て、当時の自分を重ねてしまってボロボロ泣いてしまいました。

大人になれば、自由になるし好きなことを好き勝手やってもだれにも怒られない。

でも、思春期の自分には【今できないこと】がとてもつらかった。

一果ちゃんもバレエをやるために自分でこっそりお金を稼いでいたのに、それすら奪われて苦しくて苦しくて仕方がなかった、でも作中で凪沙がそれに気づきぎゅっと抱きしめてくれます。それをみて、当時の私にそうやって抱きしめてくれる人がいたらどんなによかっただろうと思いました。

とはいえ、私は両親から愛されていた自覚もあるので、そこは一果ちゃんと全く違うと思います。だからきっと苦しみの種類も違う。

でも、あの作品を見た人がこういう苦しみの怒りの表現をする人もいるんだと思ってくれたら、あの頃の私も少しは生きやすいのかなと思いました。

少なくとも、私はこの作品であのシーンを見たときに「思春期にとっていたあの行動は異常だったと思い込んでいたけれど、映画でも表現されるくらい、ほかの人もやることなんだ」と少し安心しました。

 

もう痛いのは嫌だから自分を傷つけるなんてやらないけどね。

あれが、思春期の衝動だったんだなと思います。

(これは、映画の感想なのか…?)